支那中央政府は
チベットに対するいかなる介入をも拒否するそうです。
その理由が・・・・・
人民日報によりますと−−−−
西蔵へのいかなる国の介入にも断固反対
外交部の秦剛報道官は27日の定例会見で、「西蔵(チベット)は古来
中国の一部であり、西蔵の事柄は中国の内政に属す。中国政府は、西蔵の事柄、中国の内政へのいかなる国の介入にも断固反対する」と表明した。
――西蔵の暴力事件の背後には米中央情報局(CIA)、あるいはそれより大きな国際
ネットワークの支援があったとの報道があるが、中国政府はこれを信じるか。信じるのなら、どのような態度を表明するか。
中国は関係国に対し、中国の主権と領土保全を尊重し、国際関係の公認のルールを尊重し、ダライ(ダライ・ラマ14世)およびその集団による分裂活動に、いかなる形式や口実であれ、支援を与えないよう要求する。
西蔵は古来中国の一部なのに、いわゆる「西蔵
独立」はなぜ生じたのか。
歴史資料に目を通してみるといい。「西蔵独立」という言葉は、百数十年前にはまだなかった。「西蔵独立」という悪事を最初に唱えたのは誰なのか、歴史資料に目を通し、調べてみるといい。西蔵やダライ関連の問題について、みなさんがより真実性と客観性のある報道をする助けになるだろう。中国政府には、自国の主権と領土保全を守る決意と能力がある。
――
フランス外相がEU外相会議で西蔵問題を取り上げるとの報道について。
西蔵問題は完全に中国内部の事柄であり、外国の干渉を許さない。EUには、是非をはっきりさせ、事件を引き起こした暴力犯罪分子を厳しく非難することを希望する。彼らは法律と秩序を破壊し、社会の安定を破壊し、人民大衆の生活を脅かしたのだから。この問題においてダブル・
スタンダードを取らず、ダライ集団にいかなる誤った
シグナルも送らないようEUに求める。ダライに対する中央政府の政策は一貫かつはっきりしたものだ。(編集NA)
「人民網
日本語版」2008年3月28日
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との事です。
−チベット
周辺事情まとめ−
唐代 吐蕃王国、
シルクロードの支配・管理を行う
仏教が盛んとなるが、また、その仏教の後継者争いにより滅亡
842年 グゲ王国成立
カシミール地方と交流。チベット仏教の再興
1642年 ガンデンポタン(現チベット亡命政府)成立
グシ・ハーン朝成立
1717年 グシ・ハーン朝滅亡
1723年 清朝、チベットよりアムド・カムを奪取。チベットを属国化(?)
1911年 辛亥革命勃発 清朝滅亡
1912年 西蔵独立、アムド・カムを奪還
1913年 蒙古西蔵条約締結
1940年 ダライ・ラマ14世即位
1940年 中国国民党使節団、西蔵に不法滞在開始
1948年 中国国民党使節団、西蔵より強制退去
1949年 中華人民共和国成立
1950年 中華人民共和国、西蔵侵攻
1951年 中華人民共和国、西蔵制圧
1955年 民主改革・社会主義改造開始
1956年 西蔵民衆蜂起開始
−−−−−まとめ おわり−−−−−
そもそも、百数十年前には支那政府どころか社会主義思想そのものが生まれたてだったと思うのですが
そういえば、「中国独立」って言葉も史料では聞いたことがありませんね。
実は独立国ではないのでは?