2006年06月13日

極東の島国 暴走ス

1936年11月。
米でルーズベルト大統領が就任。

1937年1月10日。
我がドイツは日伊両国と防共協定を結ぶことを決定。

同年6月20日。
盧溝橋事件において日本は国民党・広西軍閥・シャンシーに対して宣戦を布告。
日中事変の始まりである。
一方、我がドイツは平和そのものである。

1938年3月12日。
我がドイツはかねてより待望していたオーストリア併合に成功。
目指すは大ドイツ帝国。

同年9月30日。
ミュンヘン条約により、チェコスロバキアの一部併合。

1939年3月15日。
スロヴァキア併合。

同年3月24日
リトアニアよりメーメルを割譲。

ふむ。着々と大ドイツの版図は広がっているな。( ´_ゝ`)

(`・ω・)ゞ チョビヒゲ閣下に報告。
(# ゚Д゚) チョビヒゲ言うな

(`・ω・) 極東に動きあり。
(;´・ω・) 聞けよ

5月22日、大日本帝国がソ連に対し宣戦を布告した模様であります (`・ω・´)ゞ
(;´Д`) ぇ?

【日本はノモンハン事変において"この敗北の恨みは晴らさねば"を選択したとのことです】

そう。
何を血迷ったか、極東のちっぽけな島国は目の前の支那軍だけでなく、
スターリンとも一戦交えるという愚行に走ったのだ。

さて。史実通り9月まで持ちこたえられるものなのだろうか・・・・
こちらはロンメル将軍他、数人の将校による戦車師団二十数個がワルシャワを踏みにじるべくポーランド国境にて待機中である。
posted by 加藤祭 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | HoI2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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