オランダからの脱出模索
2007年01月26日 10:56 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200701/CN2007012601000152.html
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【ニューヨーク26日共同】「アンネの日記」で知られるアンネ・フランクの父親、故オットー・フランク氏が、妻やアンネらをナチス・ドイツ占領下のオランダから外国に脱出させるため必死になっていた様子をうかがわせる手紙が米国で見つかった。米誌タイム(電子版)が25日報じた。
同誌によると、手紙は1941年4月30日から12月11日にかけて友人や政府関係者らに対して書かれ、スペインを経由してポルトガルに脱出する方策やフランスの査証取得の検討、米国やキューバなどに逃れるための手配依頼などをつづっていた。アンネの日記が書かれたアムステルダムの隠れ家で暮らし始める直前の時期に当たる。
手紙はもともと米国のユダヤ系団体が所有していた。48−74年にかけて東欧ユダヤ人の研究などで知られるニューヨークのイーボ・ユダヤ調査研究所に渡ったとみられ、一昨年、研究所のボランティアが資料の中から見つけ出した。
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今度はボールペンで書かれたりしませんよね?
SSに見つからないように静かに隠れてる部屋で、くそ喧しい掃除機を使ったりしてませんよね?
ちゃんと確認取れたんですよね?
ね?共同通信さん。
※参考
1988年のヅンデル裁判におけるロベール・フォリソン教授の証言
http://www.vho.org/aaargh/engl/FaurisArch/RF880412.html
※注
フォリソン教授はホロコースト否定派の最古参とも言うべき人ですが、
調査をほとんど行っていない時代に否定論を展開したため、主張には穴があります