2008年01月13日

語源に関する朝鮮からの電波

言葉の語源って面白いですよね。
調べていくと思わぬ繋がりが見えたり、普段使ってるよりずっと深い意味を持っていたりします。
そんなこんなで最近、その語源について朝鮮から面白い説が登場しました。

まず最初。
「対馬(つしま)の語源は朝鮮語である」という説。

ブレークニュースによりますと(翻訳元)
−−−−
■「対馬島は上古時代からウリの領土だった!」
  −− 朴炳植(パク・ピョンシク)/歴史学者

対馬島(テマド)は釜山から南東へ約50kmの所にあるから、天気の良い日には肉眼でもはっきり見える。したがって、遥かな上古時代から日本列島を開拓した我々の先祖のうち、多くの人がその地に渡って定着したはずであることは、疑う余地が無い。

今では「テマド」(対馬島)と呼ぶが、かつては「トゥシマ」(2つで成り立っている島という意味)と言った(訳注:韓国語で2は「トゥ」。ちなみに島は「ソム seom」)。日本人が「トゥ」という音を発音できないために、日本語では今「ツシマ」と言っている。韓国語の「トゥヌェ」(頭脳)を日本人が「ヅノウ」と発音し、「テドゥ」(大豆)を「ダイヅ」と発音するのと同じだ。

西暦1900年に刊行が始まり、今も変わらぬ権威を誇っている『大日本地名辞書』も、「対馬」は元々、船着場を意味する「津」に「島」を付けた「津島」であり、「対馬」という漢字表記は中国人が「魏志」で初めて使いだしたという。

「対馬」という漢字表記が初めて見られるのは「日本書紀」(敏達天皇12年)だと『大日本地名辞書』に書かれていることから見て、「トゥシマ」という韓国語が「ツシマ」と発音されるようになったのは非常に昔からのようだ。

唐代に編纂された「北史」隋書の「倭国伝」には、ツシマが漢字で「都島」と表記されているという。8世紀初めに編纂された 「古事記」(建国神話)には「津島」と書かれている。

この「ツシマ」は、新羅時代に大耶城の提督であった宗貞(チョン・ジョン)と、高麗時代の大将軍だった宗煕(チョン・ヒ)の子孫が代々支配していたが、『大日本地名辞書』によれば、高麗時代に当たる鎌倉時代に幕府も宗氏家門を「ムネシ」(宗氏)と発音して「ツシマ」の領主と認めるようになった。こうした理由で、宗氏は韓国との交易を主要産業にして近世に至るまで栄えた。

我が国の領土である独島(訳注:竹島のこと)を自国領土だと最近言い張っている日本人とは違い、「ツシマ」が古代から我が国の所有だということは、語源から明かされる島名の由来から見ても『大日本地名辞書』の証言で確認されうる。

馬山市が「対馬島(テマド)の日」を制定したのは、独島問題による一時的興奮がもたらしたものではないということを、小学生から始まって全国民にまで冷静に広報すべきだろう。

(筆者は日本天皇家を一生研究してきた歴史学者。日本の大学で教授を務め、著書に『日本語の悲劇』『日本語の発見』など20冊余りがある。現在は韓民族文化研究院学術顧問。)
−−−−
との事です。

そして次が、
「日本(にほん・にっぽん)の語源は朝鮮語である。」という説。
ブレークニュースによりますと(翻訳元)
−−−−
■日本は韓半島の古代部族国家が建てた国 〜 「日本(ニッポン)」という国号の由来
  −− 朴炳植(パク・ピョンシク)/歴史学者

今日の「日本(ニッポン)」という国号は、元々「ヤマト(邪馬臺)」であった。そうした事実は、日本の万葉集は勿論のこと、魏志(倭人伝)の記録からも立証される。

そして彼らが初めて漢字で「日本」と表記し始めたのは、確実ではないがおそらく西暦670年前後、天智天皇の時代のことであったと推定される、と日本の学者たちは述べている。

注目すべきは、当時は「日本」と表記はしても今のように「ニッポン」と訓んだのではなく、それ以前と同じく「ヤマト」と訓んでいたという事実だ。そのような事実は、西暦750年頃に編纂されたと推定される万葉集に載っている歌で、漢字で「日本」と表記されている国号がすべて「ヤマト」と訓まれていることから、確認することができる。

それが今のように「ニッポン」または「ニホン」と呼ばれるようになったのは、「日本」に対する我が国の漢字音「イルボン」を真似たからだということを、認識せねばならない。すなわち、漢字の「日本」を我が国で「イルボン」と発音したが、彼らはそれを最初は「イルボン」と発音し、次第に「ニホン」と発音するようになったのだ。

ここで我が国の「イ-」が「ニ-」に、「-ル」が「-ッ」へ変わったというのは、現在我々が「イシ」と発音する「李氏」をかつては「ニシ」と発音し、漢字の「達」を我が国では「ダル」と発音するが日本人は「タツ」と発音するような「音韻変化の法則」のためだ。

時代を経るにつれ彼らは「-ル」を脱落させて、「ニッポン」と言っていたのを「ニホン」と発音する人が多くなった。そのようになると日本政府は国号を直して統一させようと、明治初期に緊急国会を召集して討議したすえ、「ニッポン」と発音するのが正しいという決議を通過させたが、今でも多くの人が「ニッポン」とも「ニホン」とも言っている。

一つ付け加えると、日本の元々の国号「ヤマト(邪馬臺)」とは、高霊(コリョン)地方を中心に栄えた古代部族国家「ウガヤ」の国号であり、日本列島に渡って現在の「ナラ県」地方に定着してその地域に新しい国(ナラ)を建てた我々の先祖が付けた名前だ。

今日、その地域を「ナラ県」と呼ぶのも、我々の先祖がその地に新しい国を建てたためであることを立証してくれる。
−−−−
との事です。


ぇー。
ここまで電波満載、突っ込みどころ満載の主張は久しぶりです。
まず対馬のお話。
「かつては2つの島で成り立っているから「トゥシマ」と言った」
「日本人は「トゥ」を発音できないから「ツシマ」と言っている」
ここ。
対馬が2つの島(正確には3つの島)になったのは、1600年代後半と1900年頃に運河を建設したためです。
それすら知らず「2つの島で成り立っているから」と主張する。
かつては「津島」という文字を当てられていた事を自分で併記しておきながら、結論は「朝鮮語が語源」と締めくくる。
自らの書いた同じ文中で作り出した矛盾にすら気付かないようです。

「ニホン」=「イルボン」語源説のほうは・・・・・
単に支那語が半島に行く過程で訛った読みでしょ?これ。(´・ω・`)

まぁ、ここまで突っ込みどころがあまりにも多すぎて笑うくらいしか出来ない主張ってのは久々でした。
posted by 加藤祭 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 特定アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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